日本には国枝慎吾がいるじゃないか
フェデラー選手の「何を言ってるんだ?」から数年経った今でも、錦織選手と國枝選手の記事の扱いには、まだまだ差がある。これは、マスコミの問題と考えずに教育の問題と考えてみる。
平成26年11月の初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)によると、新しい時代に必要となる資質・能力の育成について、「我が国の子供たちにとって今後特に重要と考えられる,何事にも主体的に取り組もうとする意欲や多様性を尊重する態度,他者と協働するためのリーダーシップやチームワーク,コミュニケーションの能力,さらには,豊かな感性や優しさ,思いやりなどの豊かな人間性の育成との関係をどのように考えるか。」と諮問している。しかし、現状の学級編成の在り方で、「多様性を尊重する態度」や「他者と協働」、「豊かな感性」は育成できるのだろうか。本当にそうするためには、通常学級と特別支援学級、学年、学校間の垣根を取り払った集団で学び合うことが必要だと感じている。
新しい時代に必要となる資質・能力が育成されたかどうかは、フェデラー選手のような「?」を感じる日本人が増えたかどうかで分かるかもしれない。